世の中は戻らない。そして私たちは未来へ向かう【埼玉全県経営研究集会】
10月29日(木)に行われた埼玉中小企業家同友会2020全県経営研究集会では、基調講演と第6分科会で東京中小企業家同友会女性部のおふたりが講演されました。
全報告がZoomで行われた埼玉全研の模様をお伝えします。
基調講演
世の中は戻らない。そして私達は未来へ向かう
~ 新しい社会。これからの経営とビジネスを決定づけること ~
講演者:
株式会社吉村 代表取締役
東京中小企業家同友会 副代表理事
橋本久美子氏
まずは株式会社吉村 代表取締役 橋本久美子氏による基調講演の模様をレポートします。
株式会社吉村は食品包装資材の企画、製造、販売を手掛ける会社です。
全社一丸となった理念経営を実践され、「第8回日本でいちばん大切にしたい会社大賞」を受賞された会社で、ご存じの方も多いかと思います。
基調講演は高砂製菓株式会社 代表取締役 折原昌司氏との対話形式で進みました。
その一部を抜粋してご紹介します。
専業主婦から「明日の飯担当」へ
内職による手加工中心の会社からメーカーへの転身を決意されたのは、橋本氏のお父様である二代目社長の吉村正雄氏でした。
カリスマであった吉村正雄氏は周囲の反対を押し切り、お茶の一大産地静岡に工場を建設します。
しかし時代が移るにつれ、ペットボトル茶、インスタントコーヒーの台頭もあって日本茶の消費量は徐々に減少していきました。
そのような時代にあって、新たな時代の経営者として橋本氏が抜擢されました。
義弟であり現取締役副社長でもある吉村鉄也氏が「今日の飯担当」
新たな感性を持った橋本氏が「明日の飯担当」として2人で会社を担うことになったのです。
ただ、その道のりは決して平坦ではありませんでした。
世界に先駆け、デジタル印刷機の導入
橋本氏の就任後、業績が上向き始めた吉村をリーマンショックが襲いました。
そこで橋本氏は先代の反対を押し切って大きな決断をします。
それがヒューレットパッカード社製デジタル印刷機の初号機導入でした。
デジタル印刷機でフィルム印刷を行うという世界初の取り組みを、吉村は社員一丸となって「どろんこ」になりながら進みます。
大手も苦戦するデジタル印刷機の「クセ」をデザインや商談の工夫で乗り切り、そしてデジタル印刷機は吉村の強力な武器に成長していきます。
橋本氏はこう語ります。
「マニュアルがあるということは先行者がいるということ。中小企業は100点を取るより0を1にすることを考えよう!」
3.11、そして経営指針成文化セミナー
デジタル印刷機の導入から2年が経過した頃、テレビ番組「ためしてガッテン」を切っ掛けに深蒸し茶ブームが到来します。
橋本氏は時流に乗り静岡に総工費18億円の新工場建設を決めます。
しかしそこに3.11、東日本大震災が襲い掛かりました。
静岡茶からセシウムが検出され、需要が大きく落ち込みました。
工場の稼働率も低下し、深夜稼働の停止を余儀なくされました。
そこで社員から投げかけられた言葉に、橋本氏は愕然とします。
『菓子袋でもなんでも作れるのに、社長が「茶業界のパートナー」とか言っているからこうなるんだ。』
日本茶にこだわるのは間違っていたのか?
寄る辺ない気持ちを抱え、橋本氏は東京中小企業家同友会の経営指針成文化セミナーの門を叩きました。
そこで「サンタクロースの経営理念-経営理念がなければサンタクロースは究極のブラック労働」の話を聞き、前述の社員とのやり取りを思い出し、経営理念の必要性を再認識しました。
「吉村で一番ゴミを作っている」
経営指針成文化セミナーを終えられた橋本氏でしたが、完成した経営指針を社員に発表するまでには大変な葛藤があったそうです。
まずは経営幹部に発表し、管理職、社員と順を追って1年半もの時間をかけてフィードバックを得ながら徐々に発表していきました。
押しても押しても回らない車輪。しかし歩みを止めることはありませんでした。
そんなとき、ある営業成績No.1の社員が言った言葉に、橋本氏はショックを受けます。
「自分は吉村で一番ゴミを作っている」
吉村で一番パッケージを売っている=ゴミを作っている=パッケージはゴミでしかないのか?
パッケージというのは大ロットになるほど高品質になります。
しかし、パッケージにくるまれた中身は、価値があるものほど少量です。
ならば小ロットのパッケージほど高い品質が求められるのでは。
これはお茶だけではなく様々なものに言えること。
そこにパッケージメーカーとしての吉村の活きる道があるのではないかと橋本氏は考えました。
「物が売れる」ではなく「人が買う」
「経営理念は社員が安心して挑戦するためのガードレール」
言われたことをやる「作業」から、目的を理解して自ら行う「仕事」への転換。
経営理念の浸透と共に、徐々に社員の主体性が発揮され始めます。
吉村のヒット商品「フィルターインボトル」も社員の発想から生まれました。
手厚い両立支援で、母となっても働き続ける社員が多数いる吉村。
フィルターインボトルは、母親目線で企画された商品でした。
社員に配布したところ、お茶の消費量増加を確信。
青山ファーマーズマーケットで有料試飲会を企画しました。
価格は1000円。
「1000円払ってお茶を試飲してくれる人なんているの?」
そう心配する橋本氏に帰ってきた言葉は
「1000円払ってもらうために何をするかですよ。」
「物が売れる」ではなく「人が買う」
中心にあるのは「物」ではなく「人」。
その「人」に働きかけるにはどうしたらよいか。
視点が逆転した瞬間でした。
コロナの中、どう変化したか
「自粛も在宅ワークも解決策であり、ニーズではない」
何か問題が起きたとき、吉村では解決策ではなくニーズを考えるそうです。
コロナ禍にあって、必要なことはなにか。
吉村では毎年入社式で橋本氏自らが日本茶を淹れて新入社員に振る舞います。今年の入社式はZoomによるリモートで行ったため、画面越しに日本茶の淹れ方をレクチャー。
画面の向こうで新入社員が教えられたとおりにお茶を淹れる。
時には社員の家族が顔を出すことも。
これはリモート入社式ならではの光景です。
リアルだからできること。
リアルではできないこと。
制約があるときでも、何ができるかを考える。
吉村のアイデアは、こんなところでも発揮されています。
そして新たな挑戦
ある社員が台湾の展示会から「リーフティカップ」という製品を持ち帰ってきました。
紙コップの底に茶葉を入れ、網で覆うことで、お湯を注ぐだけで手軽にお茶を楽しめる製品です。
リーフティカップのメーカーは、日本での販売パートナーとして、大手企業ではなく吉村を選びました。
橋本氏はここで大きな決断をすることになります。
吉村は今まで「お茶」そのものを販売することはしてきませんでした。
ラストワンマイルはいつもお茶屋さんだったのです。
しかし、リーフティカップは茶葉を内蔵した製品のため、それを販売するということは「お茶」の販売に手を出すということでした。
橋本氏は全国のお茶屋さんに向けて説明会を行いました。
新たな市場をこじ開けるために、吉村がお茶を扱うことを許してほしい。
厳しい言葉も覚悟していましたが、そこで掛けられたのは意外な言葉でした。
「吉村が一番日本茶を諦めていない」
吉村がお茶を販売することが受け入れられた瞬間でした。
コロナは社会の構造を大きく変え、その変化はまだ続いています。
価値観が変容し、消費嗜好が細分化する中、企業はいかに変化していくか。
それはどれだけ社員が力を発揮できる環境を用意できるかにかかっています。
「経営者とはどれだけ経営理念を体現する存在であるか」
橋本氏の講演はその言葉で締めくくられました。
第6分科会
難局を乗りこえて今「働き方改革」の次の課題を検討
~ 社内の環境を前進させる手法を学ぼう ~
報告:
株式会社キャリア・マム 代表取締役
堤 香苗 氏
女性経営者クラブ・ファム主催の第6分科会は参加者35名、埼玉同友会をはじめ、東京、千葉、宮城同友会からの参加者を迎え活発な議論が交わされました。
報告者は、長年女性の就業支援に取り組んでこられた株式会社キャリア・マムの堤 香苗社長です。
株式会社キャリア・マムは全国に10万人を超える会員を擁し、主婦マーケティング、プロモーション、商品・サービス企画やアウトソーシング事業を行い、「女性のキャリアと社会をつなぐ」を掲げ、20年以上女性の就業支援に取り組んでこられました。
分科会での報告の一部を抜粋してご紹介します。
コロナによる環境変化
近年大量に失職者が発生した事件と言えば、今年のコロナ禍と並んで2008~2009年のリーマンショックを思い浮かべる方が多いと思います。
しかしその様相は大きく異なります。
リーマンショックでは男性が失職するケースが多数発生した一方、今年のコロナ禍では女性の失職者が多数発生しています。
コロナ禍は特に女性の就業に深刻なダメージを与えているという問題提起がありました。
ここ10年の変化
今後10年を左右するキーワードを5つ解説いただきました。
1. デジタル化
2. グローバル化
3. オープンイノベーション
4. キャッシュレス化
5. 人材の流動化
中小企業はこういった環境変化を捉え、チャンスに変えていく必要があります。
このような情報は国や自治体から多数発信されているにも関わらず、特に中小企業にとって貴重な情報の宝庫である中小企業白書を読んでいる中小企業経営者は少ないとのことでした。
企業の資源はヒト・モノ・カネ・情報。
この情報の重要性を改めて解説していただきました。
環境変化をチャンスにするために、今経営者は何をすべきか
以下の4つのポイントを解説いただきました。
・フリーランスの活用
・両利きの経営「探索」と「深化」
・「働き方改革」背景と意義
・「同一労働同一賃金ガイドライン」の概要
そして、これらを実現する方策としてテレワークの導入、在宅ワーカーの活用の提案がありました。
新たな働き方を進める中でいかに人材を「人財」として輝かせるか。
そのための具体的なアイデアをいただけた、学びの多い報告となりました。